1 1994年6月27日会社から帰宅した午後10時過ぎ、犬小屋で飼い犬が亡くなった。地鳴りのような音が聞こえ、部屋が暗く見え、物が歪んで見える。家族は救急車で病院に運ばれたが、吐き気、痙攣、視覚異常、幻聴、高熱、喉の異常な渇きが続く。
2 1995年3月20日の朝、職場のある新大塚に向かうため新中野から地下鉄丸ノ内線に乗車。新大塚駅を出ると体がふらつき、職場に着く途中の公園で嘔吐、仕方なくJR大塚駅に行き、中野駅にたどり着いたがあたりの景色が夕方のように暗く、やっと帰宅して緊急入院。
3 これは、いったい何の事件だろう。オウム真理教が引き起こした一連の事件のうち、1は、松本サリン事件、河野義行さんが冤罪に巻き込まれたあの事件である。2は、地下鉄サリンの被害者の被害に至るひとコマである。
実は、もう一つ大きな事件として、1989年11月4日に発生し1995年9月に死体が発見された、オウム真理教による坂本弁護士一家殺害事件があった。
坂本堤弁護士一家が失踪した後、救出要請のためご両親が栃木県弁護士会にもおいでになったこと、宇都宮市内の街頭に立って救出に向けた署名活動をしたことを今さらながら思い出す。
4 もうあのサリン事件から30年経ったのかと思うと時の流れを感じる。
いつの時代にも、平凡な生活の中に、自分がまったく予想しなかった事件、事故が起きることがある。社会的にも、個人的にも。我々人間が生きてゆく上での宿命かもしれない。
5 被害者が何も好き好んでこの事態を招いたわけではない。人に恨みを買うようなことをしてきたわけではない。加害者とて、最初から他人を不幸に貶めるためではなく自分の幸せを求めて修行していたはずなのになぜこのような理不尽なこと、不条理が起こるのか。
6 事件・事故には防げるものと防げないものがある。防げる事故・事件を未然に防ぐことが人間の知恵である。信教の自由は認められるべきだが、他人の生命身体財産に危害を与えるような活動は信教の自由によって正当化されない。二度とこのような事件を引き起こしてはならないということは簡単だが、その方法は極めて困難である。