弁護士ブログ/アメリカ合衆国憲法

先月24日に、米国の連邦最高裁で、人工妊娠中絶に関する判決がなされました。

この判決、中絶禁止を定めた法律が合憲と認められたと報道されていますが、一方で州によっては現在も妊娠中絶が可能となっています。

これは、日本における違憲訴訟には存在しない、アメリカ独自の制度に起因したもので、今回はアメリカ合衆国憲法の基礎的な部分についてご紹介したいと思います。

 

1 憲法の性質

「憲法」において一番大切な部分は何でしょうか。

日本国憲法でいうと第11条以下の人権について定めた部分だと考える方が多いのではないでしょうか。

私自身、憲法の試験問題で人権規定ばかりを引いていたので、憲法といえば人権規定というイメージは拭えません。

アメリカ合衆国憲法にも権利章典(the Bill of Rights)と呼ばれる一連の条文があります。しかしながら、その条文番号は修正条項(Amendments)第1条から第10条。実は、アメリカ合衆国憲法の人権規定は、憲法が成立した後に追加されたものなのです。

ご存じの通り、アメリカ合衆国は多数の「州」の連合体です。アメリカ合衆国の成立前から、植民地を起源とする13の州がそれぞれ成立していました。しかしながら、一つ一つの州の力では独立戦争の相手であるイギリスや、南米を中心に勢力を有していたスペインに対抗できないため、連邦政府を作ることになったのです。このため、はじめのアメリカ合衆国憲法は、連邦政府に何をさせるか、言い換えれば、州の権限をどれだけ連邦政府に移すかという点が主眼に置かれています。

後から追加された権利章典も、この点は同じです。本来的には各州は、妊娠中絶の可否も含め、すべての政治的権限を有しており、州ごとに自由に規制の有無や範囲を決められるのが原則です。しかしながら、合衆国憲法によって保護される人権となると、連邦政府に権限が移り、今回の事件で言えばミシシッピー州が自由に妊娠中絶の可否について決められなくなってしまうのです。一方、妊娠中絶が合衆国憲法によって保護される人権と認められなくても、米国内全域で人工妊娠中絶ができなくなるわけではなく、各州が自由に決めることになります。州憲法上の権利として認めている州など、妊娠中絶を認めるべきと考えている州は、これまで通り妊娠中絶を認め続けることになるでしょう。

 

2 「憲法上の権利」の意味

つまり、アメリカ合衆国憲法上の権利として認められた場合、2つの効果があります。1つは、連邦政府や州政府による侵害から守られるということ、これは、日本における憲法上の権利と同じです。そしてもう1つの効果が、憲法上の権利の保護については、権限が州から連邦政府に移るということです。連邦最高裁が明文にない憲法上の権利を認めたとき、連邦裁判所を含む連邦政府の権限がより広く認められることとなるのです。これは、国民と政府とが直接結びついている日本とは大きく異なる点です。

そうすると、明文にない憲法上の権利を連邦最高裁が認めるということは、ひねくれた言い方をすれば、国の機関が勝手に自分の権限を増やしていくことになってしまいます。権利章典を書き上げたジェームズ・マディソン自身「もし、ある州の法律が全国的政府には好ましくなかったとしても、その州においては概ね評判がよ(中略)ければ、(中略)州で利用できる州だけに依拠した手段で執行される。」「もし、連邦政府の正当な方策が、ある州で評判がよくなかったりすれば、その方策に対抗する手段は強力であり、手近なところにある。」[1] と述べるとおり、自分たちのことを連邦政府に勝手に決められてしまう州の反発は、仮に連邦政府の政策が正しかったとしても、免れないでしょう。

 

3 独特の問題

アメリカにおいては、合衆国憲法上の権利として中絶を認めるかという問題には、「中絶の権利は保護されるべきか」という点に加えて「中絶の是非は連邦政府が決めなければならない問題か」という争点が出てくることになります。実際に、判決文では「我々は、憲法が中絶する権利を付与しないと考える(中略)そして、中絶規制する権限は国民と、国民が選んだ代表に戻さなくてはならない」[2] と記載されており、ミシシッピー州の州と州民の民主的決定に委ねるべきであるという考え方が示されています。

もちろん、女性の保護のための妊娠中絶の重要性から、連邦政府が主体となり、すべての州で妊娠中絶の権利を確保しなければならないとする考え方自体は十分な正当性を有するものと考えられます。一方で、今回の判決により合衆国憲法改正の権限を有する各州のうち半数以上が妊娠中絶規制を厳格化する見通しとの報道もあります[3]

憲法の改正には、4分の3の州の立法部または4分の3の州における憲法会議の承認が必要です。妊娠中絶の権利を保護することが「正当な方策」であっても、妊娠中絶に関する憲法の修正条項を加えることはできなかったのか、修正条項を通すほどの州の賛成が得られないのに、裁判官のみの判断により、連邦政府の権限を認めてしまってもよいのか、といった手続的な正当性の問題は、容易に結論が得られないと感じます。

[1] 岩波文庫「ザ・フェデラリスト」206頁 A. ハミルトン・ J. ジェイ・ J. マディソン著 齋藤眞・中野勝郎訳

[2] BBC NEWS JAPAN 2022年6月25日「米連邦最高裁、人工中絶権の合憲性認めず 重要判決を半世紀ぶりに覆す」https://www.bbc.com/japanese/61929747

[3] 東京新聞 2022年6月25日 20時09分「アメリカ最高裁が中絶の権利否定 半数超の州が規制強化へ バイデン政権は権利保護へ対策」https://www.tokyo-np.co.jp/article/185699


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