弁護士ブログ/「難民」と「避難民」

ロシア連邦によるウクライナ侵攻により,420万人以上の人間がウクライナから国外に避難しており,650万人以上が国内避難民化しています(ウクライナ緊急事態 – UNHCR Japan

また,先週はウクライナからの「避難民」20名が政府専用機で日本に避難してきたというニュースがありました。

ところで,ニュースなどで「難民」という言葉を聞き知っている方も多いと思われますが,「難民」と「避難民」は同じものなのでしょうか。

例えば,上述のUNHCRのウェブサイトでも「難民」と「避難民」の2つの言葉が使われています。

 

難民条約と難民議定書

「難民」は,「難民の地位に関する1951年条約(難民条約)」と「難民の地位に関する1967年議定書(難民議定書)」により定められた,法律上の概念です。

日本はしばらくの間この条約に参加していませんでした。しかしながら1970年代後半,ベトナム,ラオス及びカンボジアの三カ国で社会主義政権が樹立され,多くの人が日本にも避難してきたことで,日本も1981年,1982年に相次いで参加することになりました。

「難民」の定義は難民条約により以下のように定められています(難民認定基準ハンドブック ―難民の地位の認定の基準及び手続に関する手引き― (改訂版) UNHCR駐日事務所 第11頁)

1951年1月1日前に生じた事件の結果として、かつ、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及びこれらの事件の結果として常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって、当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの

冒頭にかかれているとおり,「難民」となる原因が1951年1月1日より前の事件に限定されています。そこで,難民議定書によって1951年1月1日以後の事件を原因として母国に帰ることができない人もカバーし,現在の「難民」として取り扱われています。

このように「難民」に当たるかどうかは国際条約によって定められており,「出入国管理及び難民認定法」など,日本の法律は,日本に助けを求めた人が難民であるかをどのように調査するかという点を定めているにすぎません。

 

「難民」か「避難民」か

さて,この「難民」の定義には「戦争」という言葉は含まれておらず,戦争が起きている国から逃げてきたというだけで「難民」ということにはなりません。わかりやすく例えると,ロシアは今ウクライナと戦争をしていますが,日本海沿岸のウラジオストックに住んでいるロシア人が日本に来たとしても,それだけでは「難民」とまで言うことはできないでしょう。反戦デモに参加して警察に追われているとか,何かしらのロシアに帰れない理由が求められると考えられます。

ウクライナではたくさんの人が亡くなり,危険な状態にあるので,ウクライナから国内に避難した420万人以上の人々には多くの「難民」が含まれると考えられます。とはいえ厳密に表現するのであれば,個別の事情を確認しないと「420万人以上の難民」とは言えないわけです。

 

「避難民」として支援することの懸念

現在,日本の政府や自治体が,ウクライナの「避難民」を支援することを発表しています。

「難民」として認めるには個別の事情を調査する必要があり,時間もかかってしまいます。戦争から逃げてきたウクライナ人を素早く助けるため,「避難民」として支援を行うことは,一定の意義があります。

ただし,「避難民」に対する支援は,日本政府が難民条約上の義務として行うものではありませんし,その援助の範囲も「難民」に対するのと同等のものになるとは限りません。「避難民」として扱うことで,多くの「難民」を見逃してしまい,「難民」として本来得られるはずだった庇護が得られなくなってしまう懸念があります。

「避難民」に対する支援で終わらせることなく,「難民」の認定手続も順次進めていく必要があるでしょう。

 


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